前編

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「ただいま」  神崎くんは席について、 「最近お弁当なんですね、小城さん」 「うん、料理の腕をあげたくて」 「誰か、気になる人ができたとか?」  気になる人──そう言われて、一瞬新田さんの顔が思い浮かんだ。まさか。 「いないよ、そんなの」  私はそう言いながら、お弁当を食べた。  業務が終わった帰り際、神崎くんが声をかけてきた。 「小城さん、今日、飲みに行きませんか?」  私は、エレベーターのボタンを押しながら、 「うーん、やめとこうよ。新田さんいないし」 「新田さんがいないと、僕と飲みたくないですか?」 「え……」  私は、神崎くんの方を振り向いた。彼は一瞬真面目な顔をしたあと、笑みを作った。 「ちょっと、忘れ物しちゃいました。じゃあ」 「あ、うん……さよなら」  私はエレベーターに乗り込んで、「閉」のボタンを押した。エレベーターがぐんぐん下がっていく間、神崎くんの言葉が、頭の中をぐるぐる回っていた。  新田さんがいないと嫌だなんて、子供みたいじゃないか。そんなことない。私は、新田さんがいなくたって──。でも、神崎くんと二人で飲んでいるイメージは、まるで湧かなかった。     
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