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もう歳だし、後継者もいない。だからもうファームを閉じるべきだ。新田さんはそう言ったのだそうだ。
「でも、聞かなくって。アタシの父親、すっごい頑固なのよ」
もう、大ゲンカ。新田さんはそう言いつつもふ、と笑う。それから、表情を翳らせた。
「アタシが同性愛者だって、全然認められないし。アタシが結婚して、孫連れて帰ってくるの、待ってんの」
でも、それはできないから。新田さんはそう言った。
「だから、せめて、ファームを守るくらいしか、アタシにはできないから」
私は、唇を噛んだ。新田さんには、もっと自由でいてほしい。そう思った。なににもとらわれない新田さんが、私はすきなのだ。だけどそれは、私のエゴだ。勝手な思いだ。
彼はカップに目をやり、
「あら、カラね」
そう言って、空になったカップを手に、台所へ向かった。
新田さんが、遠くに行ってしまう。手の届かないところへ、行ってしまう。
頭がぐらぐらして、心臓が痛いくらいに鳴っている。私はたちあがり、新田さんのそばに行った。
「焼いたマシュマロ入れると美味しいけど、ないのよね」
新田さんが、ココアの粉をすくう。長い指先。すらりとした背中。もう会えなくなる。嫌だ。そんなの、嫌だ──。
私は、腕を伸ばし、新田さんにぎゅっとしがみついた。新田さんが身じろぎする。
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