後編

7/14

233人が本棚に入れています
本棚に追加
/28ページ
 もう歳だし、後継者もいない。だからもうファームを閉じるべきだ。新田さんはそう言ったのだそうだ。 「でも、聞かなくって。アタシの父親、すっごい頑固なのよ」  もう、大ゲンカ。新田さんはそう言いつつもふ、と笑う。それから、表情を翳らせた。 「アタシが同性愛者だって、全然認められないし。アタシが結婚して、孫連れて帰ってくるの、待ってんの」  でも、それはできないから。新田さんはそう言った。 「だから、せめて、ファームを守るくらいしか、アタシにはできないから」  私は、唇を噛んだ。新田さんには、もっと自由でいてほしい。そう思った。なににもとらわれない新田さんが、私はすきなのだ。だけどそれは、私のエゴだ。勝手な思いだ。  彼はカップに目をやり、 「あら、カラね」  そう言って、空になったカップを手に、台所へ向かった。  新田さんが、遠くに行ってしまう。手の届かないところへ、行ってしまう。  頭がぐらぐらして、心臓が痛いくらいに鳴っている。私はたちあがり、新田さんのそばに行った。 「焼いたマシュマロ入れると美味しいけど、ないのよね」  新田さんが、ココアの粉をすくう。長い指先。すらりとした背中。もう会えなくなる。嫌だ。そんなの、嫌だ──。  私は、腕を伸ばし、新田さんにぎゅっとしがみついた。新田さんが身じろぎする。     
/28ページ

最初のコメントを投稿しよう!

233人が本棚に入れています
本棚に追加