229人が本棚に入れています
本棚に追加
/28ページ
前編
この世には超えられないものがある。それは、性別の壁である。少なくとも、本人の努力だけで性別を変えるのは不可能だ。
しかしたまに、性別のハザマにどんっ、と居座るひとがいる。たとえばそう──私のオネエな同僚、新田一馬(にったかずま)とか。
私が新田さんと出会ったのは、二年前のことだ。配属になった総務課に、新田さんはいた。といっても、働き始めてしばらくは、直接関わったことはなかった。ただ、やけに顔のいい人がいるな、くらいの認識だったのだ。
初めて口を聞いたのが、給湯室でだった。
「ちょっとアンタ、適当に湯のみ洗ってんじゃないわよ。茶渋がついてんのよ、茶渋が」
私は面食らった。苦情の内容にではなく、彼の口調にである。
「すいません」
硬い口調でそう言うと、なんだそのふてくされた態度はだの、謝るならちゃんと謝りなさいよだのと散々叱られた。彼の説教が終わった頃、私は、とある疑問を口にした。
「生まれた時からその話し方なんですか?」
新田さんは一瞬キョトンとしたあと、息を吸い込み──
「お釈迦様じゃないんだから、生まれた時から喋るわけねーだろがッ」
──さらにガミガミ怒られたのだ。
最初のコメントを投稿しよう!