前編

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前編

 この世には超えられないものがある。それは、性別の壁である。少なくとも、本人の努力だけで性別を変えるのは不可能だ。  しかしたまに、性別のハザマにどんっ、と居座るひとがいる。たとえばそう──私のオネエな同僚、新田一馬(にったかずま)とか。  私が新田さんと出会ったのは、二年前のことだ。配属になった総務課に、新田さんはいた。といっても、働き始めてしばらくは、直接関わったことはなかった。ただ、やけに顔のいい人がいるな、くらいの認識だったのだ。  初めて口を聞いたのが、給湯室でだった。 「ちょっとアンタ、適当に湯のみ洗ってんじゃないわよ。茶渋がついてんのよ、茶渋が」  私は面食らった。苦情の内容にではなく、彼の口調にである。 「すいません」  硬い口調でそう言うと、なんだそのふてくされた態度はだの、謝るならちゃんと謝りなさいよだのと散々叱られた。彼の説教が終わった頃、私は、とある疑問を口にした。 「生まれた時からその話し方なんですか?」  新田さんは一瞬キョトンとしたあと、息を吸い込み── 「お釈迦様じゃないんだから、生まれた時から喋るわけねーだろがッ」  ──さらにガミガミ怒られたのだ。     
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