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がたん、と音がした。そうた君の椅子がひっくり返った音だった。彼の手があたしの手首から手のひらに移動する。ちょん、と軽く引っ張られる。昨日あたしがそうた君の手から編み棒を引っ張ったように。
だったら。
あたしも素直に立ち上がるしかない、でしょう?
「なあ、ちょっと付いてきてよ」
「いいよ」
たった三文字の肯定の言葉を口の端に乗せた、と同時にそうた君はあたしを引っ張って走り出す。
がらがらと乱暴にドアを開いて、冬のはやい夕暮れに紅く燃える廊下を、あたしの手を引いて駆ける。
突き放された感情。手を繋げないのは相手が死んだから。かつて自分の書いた文章が狂ったように脳内で暴れ出す。
溶けた死体。
燃える街。
ハリボテのハイヒール。
死なないと生きたなんて言えないでしょう。
あーあ、楽しいなぁと哀しいくらい切実に感じた。
ねえ、そうた君。
あたしあなたに手を引かれるんなら目隠しされたって全力でも走れるんだけど。あなた、その理由、知っちゃったんでしょ。
*
ひゅおう、と足元から吹き上げる風にあおられた前髪を抑えながら、あたしは荒れた呼吸を整える。
そうた君もたぶん加減してくれたんだろうけど、目眩がするくらい辛い長距離走だった。へたんと膝から力が抜けそうになる。
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