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わかるはずだよ、という言葉は軽い調子の癖に傲慢。
わからないはずがない。彼が、彼がわからないはずない……。
「ナイフとフォークは美味しいご飯を食べるために使いましょう。間違っても誰かに刺してはいけません。可愛いハイヒールはドレスに合わせてあげましょう。間違っても誰かを踏みつぶすために使ってはいけません……って、ねっ」
きゃはっ、とわざとらしい笑い声をあげる。
「そうた君の質問攻めはもうおしまい?」
「最後にひとつ」
あたしが差し出した編み棒を受け取って、なにもなかったかのように編み物を再開しながらそうた君はあたしに質問をする。
「いま、どんな小説を書いてるんだ?」
「絶望の日のお話しだよ」
予想してたかのように、するりと答えが口から出る。
「とっても素敵な絶望を書いてあげる、つもり」
「……ふぅん」
「じゃ、あたし帰るからぁー。窓の鍵だけ見てってね。鍵は開けっ放しでいいから」
「あ、うん」
「また明日も来るといいよ」
ドアの前でくるりと踵で回って、そうた君に笑ってみる。こうして見るととても不思議な風景。いつもあたしがぽつりと座ってかたかたとキーボードを叩くだけの孤独の中に誰かがいる。孤独の色の黒い目と服を着た彼が。彼が。
目眩がしそうな光景だった。
「楽しかったから、また来てねっ」
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