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5
木曜日。彼女は窓際の前から二列目の席に座り、一人で弁当を食べ、算数の小テストは100点で、先生に「じゃあ村上さん」、と指名された時だけぼそぼそと答える。それはいつもの授業風景だった。
俺なんて、「今日は元気無いな、どうしたんや」、って先生に心配されたくらいだってのに、なんなのだ、その落ち着きぶりは。
「まぁ、そういう日もあるやんな。明後日は元気で来いよ」
改札口まで見送ってくれた先生が俺の肩をポンと叩いてくれたが、締め付けられるような胸苦しさが改善されるはずも無く。
沈んだ気分でホームへの階段を下りる中、彼女のリュックサックのポケットへ無造作に突っ込まれていた臙脂色の巾着がふと目に入った。その瞬間、言いようのない怒りが胸の奥から突然噴き出した。
「なんでまだかるたなんて持ってるねん」
「え?」
不意を突かれたからかもしれないが、彼女はきょとんとして聞き返してきた。俺は泣き出したいような気持に襲われながら、声を張り上げた。
「せやから、なんでそんなにかるたやねん。かるたなんて耳が悪かったら無理やんか。それなのに、なんで…」
悔しいんだ。
札を持ち歩くほどかるたが好きで、こんなに一生懸命覚えているのに、どうしてよりにもよって耳が悪くなるんだよ。聞こえなかったら、かるたなんて取れないじゃないか。
俺の剣幕に驚いたのか彼女は大きく目を見開いていたが、やがてゆっくりと相好を崩した。
「好きやから」
「え?」
「かるたが好きやねん。4年の時にじゃんけんで負けて仕方なく入ったかるた部やったけど、やってみたらむっちゃ面白かった。6年生相手でも負けへんようにいっぱい練習して、札覚えて。秒殺で取れた時とか、ほんまに楽しいねんで」
「…」
「これからもずっとやりたい。でも映画人気のおかげで地元のかるた会は定員オーバーやし、これからも続けるにはかるた部のある中学校に入らなあかんくて」
「あ。もしかして、S女子は…」
「うん。かるた部がある」
彼女はにっこり笑った。
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