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「偏差値高いしな、難しいのは分かっているけど、入りたいねん」 いや、彼女の学力だったらS女子は十分狙えるだろう。 彼女の成績を知っているから言う訳じゃない。毎回の小テストで100点を取ることがどれだけ難しい事か。同じ勉強をしているからこそ、俺たちは彼女の凄さを誰よりも理解している。 ちょっと毛色が違おうと、本当は、彼女はクラスの中で一番尊敬される存在なのだ。 それでも、合格できるかは単純に学力だけの問題では無くて… 「せやけど、もしこのまま耳がもっと悪くなったら…」 言いかけてやめた。それはあまりに辛い結末だ。でも小学生や中学生くらいから急に原因不明の聴力低下が起きて、失聴、つまり何も聞こえなくなる人もいるらしい。 ねえちゃんのスマホで調べたらそう書いてあった。 この先、失聴するようなことになれば、かるたどころか私立中学も通えない。何のために勉強したのか、全て無駄になるじゃないか。 電車が到着した。座れるほどでは無いが、ひどい混み具合でもない。次の駅ですぐに降りるから、ドアの近くに立つ。 その時ふと気づいた。彼女がいつも俺の左側に立っていることに。そうか、これまでもずっと、聞きやすい位置を考えながら過ごしていたのか。 窓の外の灯りが、後方へゆっくりと流れていく。中百舌鳥と白鷺の距離は近いから、速度も上がらない。踏切からは後半、妙に間延びした低い音が聞こえて来る。 「大丈夫やで。まだ聞こえているし」 俺の傍らで、まるで自分に言い聞かせるように、彼女は静かな口調で言った。 「かるたを読み上げる時は周りが静かやから、ちゃんと聞こえる。聞こえで不利になる分は暗記でカバーしたらええだけやし」 「…」 「それに、聞こえなくなるかもしれへんなら、むしろ悔いが残らないように、今のうちにしっかりやっておかなあかんやろ」 気負っているわけでもなく、淡々と。彼女はただ事実をありのままに述べているようだった。 耳の聞こえが悪いという深刻な状況の中でも、逃げたりせずに真っ直ぐ、今と向き合っている。 強い子だ、と思った。 公立中学でもいいとか、いい加減な気持ちでいる自分が恥ずかしくなった。 電車が白鷺駅に着いた。彼女は、「ほな、また明後日な」、と爽やかな笑顔で電車から降りていった。
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