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6
次の帰り道、俺たちはしばらく無言だった。久しぶりの気まずい沈黙?いや、違う。言いたいことが多すぎて何処から話したらいいか考えているだけだ。
駅のアナウンスだけが頭上を流れていく。2番線に和泉中央行きが到着します、1番線を急行電車が通過します。
二人で並んで立っている目の前を急行電車が勢いよく通り過ぎていった。その風圧に紛れて、俺は彼女のリュックサックの右ポケットに手を伸ばした。そこに何があるかはよく知っている。
「え、何?」
「俺もかるたやったるわ」
「へ?」
「聞こえへんかったんか。一緒にかるたやったるって言ってん」
「それは聞こえたんやけど…いきなりどうしたん?かるたなんて、全然覚えてへんやろ」
彼女は、それこそ鳩が豆鉄砲でも喰らったように、目を丸くしている。俺は不必要なほどに口を尖らせ、頬を膨らました。
「覚えてへんことないわ。紫式部と後鳥羽上皇と阿倍仲麻呂なら言えるし」
「残り97首あるで」
彼女の言葉を無視し、俺は巾着から取り札を数枚取り出した。どの札にも目を引く特徴が特に無く、似たり寄ったりのひらがなが並んでいる。
俺は唇の端をひきつらせた。
「ふふん、これくらいなんでもないやん。すぐに覚えたるわ」
「ほんまに?」
「当り前やん。ほんで、どれから覚えたらええんや」
「覚えやすいのは、これかなぁ。菅原道真の歌やけど」
語尾が『まにまに』でかわいいやろ、と彼女は言う。
「もみちのにしきかみのまにまに?」
「濁音のてんてんは札に書いてないから。『このたびはぬさもとりあへず手向山紅葉の錦神のまにまに』」
彼女の後について俺も復唱する。まにまに、まにまに、と。
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