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「昨日は、すまなかった。だが、君の事も考えて口にしたのだよ」
「何だよ。謝るとか言って、やっぱ小言じゃねぇか」
俺は耳の穴に小指を突っ込んで、グリグリとかいた。目一杯、反抗的に振る舞う。
デスクの前に組まれた応接セットに向かい合い腰掛けて、俺たちは声をひそめて話してた。
「私のように、Ωの発情の匂いに敏感なαは、少なくない。幾ら抑制剤で抑えても、君の身が危険に晒される事になるんだ」
「今まで平気だった。発情期は保健室に篭もるし」
「社会人になって、それが通用すると思うのかい? Ωならともかく、βで頻繁に医務室で休むような人間を、会社は望まない。クビになるのは目に見えている。社会人になってからバレるより、今の内に自首した方が罪は軽い」
俺は、苛々していた。やっぱりこいつは、Ωの絶望なんか分かってない。
βだと偽ったのは俺の行く末を心配した両親だし、七回も転校してまでその秘密を守ってきたのも両親だし、ひいては『Ωである俺』は、糞みたいに隠さなくてはならない存在なんだ。
両親に、『要らない子』だと言われているも同然な人生を、どうして俺の都合でどうにか出来る?
「ああ、すなまい……泣かないでくれ、四季」
「え」
俺は、慌てて頬に触れた。いつの間にか、大粒の涙が零れていた。
何でだろう。俺はこいつの前で、涙腺が緩くなる。
だけど発情期特有の不安定さだと結論付けて、俺は手の甲で涙を拭ってしまった。
「別に……あんたのせいじゃねぇ。発情期は、色々不安定になるんだよ」
「四季」
「んっ?」
顔を逸らして涙を拭っていたら、不意に項(うなじ)に手がかかった。肉厚で逞しい、大人の男の手。
ぐいと引き寄せられて、重なる。唇と唇が。
でも熱いものに触れたように、パッと綾人は俺から離れた。
……え? え!?
たっぷり十秒あって、何が起こったかを理解する。
綾人、キス……した? 俺に?
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