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屋上は、思った通りガランとして人影はなかった。ホッとする。
だけど細く会話が聞こえてきて、先客が居たようで俺は軽く舌打ちした。
何年だろうか。声をかけられる可能性を考えて、耳を澄ます。
だけど聞こえてきたのは、『会話』じゃなくて、一方的な『独白』だった。
『ツキには手を出さないで。約束だよ、お父さん』
お父さん?
『俺が全部を引き受けるから……手を、上げるのも、出すのも、俺だけにして。お父さん』
おいおい……大丈夫か?
そっと足音を忍ばせて左手奥の方を覗くと、小柄なブレザー姿が、片手に分厚い本、片手にサンドイッチを持って、金網にもたれて座ってた。
何だ……本を朗読してるのか。紛らわしい。
「誰!」
反対側の右手に行こうとした俺を、だけどそいつは引き留めた。咎めるような、厳しい口調だった。
「悪りぃ。ひと気のない所で昼飯食おうと思ったら、聞こえちまった。反対側の隅っこで食うから、気にしねぇでくれ」
「聞いた!?」
「朗読だろ」
すると小柄な影は、手に持っていたものを床に下ろして、駆け寄ってきた。
百七十センチの俺の、頭半分低い。百六十前半って所か。
透けるように色の白い、『紅顔の』っていうのはこれかって思うような、ボブスタイルの美少年だった。
ネクタイは、グレーとホワイトのストライプ。二年だ。
「今の、来年の話題作の台詞なんだ。忘れて!」
「えっ?」
突然の話題についていけず、俺は思わず訊き返した。
だけどすぐに、この学園には芸能科もあった事を思い出す。
「ああ、お前、芸能科の奴か?」
「うん」
そう思って見てみれば、物凄く見覚えのある顔だった。
喉元まで言葉が出かかるが、なかなか名前が出てこない。
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