第1話 転校生

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 後部座席のスモークガラスが、ゆっくりと下りる。  覗いたのは、二十五歳を少し過ぎたくらいの、銀縁眼鏡をかけた上品な男の顔だった。でも決まりすぎず、カラフルなパステルカラーのネクタイが、遊び心を体現しているようなインテリだった。 「おはよう。君、こんな時間にどうしたんだ? 病院にでも行ってきたのか?」  かけられたのは、そんな言葉。責めてはいなく、淡々とした調子だった。  何だ、こいつ。そんなの、関係ないだろう。  やっぱりまだ『東京』に偏見のある俺は、ちょっとつっけんどんに呟いた。 「何で、んな事訊くんだよ。あんたに関係ないだろ」  そいつはビックリしたように目をちょっと眇(すが)めて、俺の顔をマジマジと見詰めた。  普通ビックリしたら目を見開くだろうに、何だか変わった奴だな、って印象を受けた。 「私を知らないとは、転校生か? 見た事のない顔だ」 「そうだけど。あ……先生?」  先生にしては良いスーツだと思ったけど、東京はそうなのかもしれない。 「私は、副理事長だよ。小鳥遊学園の生徒で、私を知らない者は居ない。君も、覚えてくれないか」 「気が向いたらな」  理事長だろうが校長だろうが、変に馴れ合うつもりのない俺は、気のない返事を投げて歩き出す。  高級車は、そんな俺の横にゆっくりと着いてきた。 「私は、日向綾人(ひゆうがあやと)だ。君の名前は?」 「黙秘権」  名前を覚えられたら、厄介な事になる。俺の希望は、目立たず普通に、βらしく。そして無事に社会人になる事。  ポケットから両手を出して大きく振り、目の前に迫っていた校門を走り抜けて、俺は校舎に入っていった。
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