1505人が本棚に入れています
本棚に追加
/166ページ
後部座席のスモークガラスが、ゆっくりと下りる。
覗いたのは、二十五歳を少し過ぎたくらいの、銀縁眼鏡をかけた上品な男の顔だった。でも決まりすぎず、カラフルなパステルカラーのネクタイが、遊び心を体現しているようなインテリだった。
「おはよう。君、こんな時間にどうしたんだ? 病院にでも行ってきたのか?」
かけられたのは、そんな言葉。責めてはいなく、淡々とした調子だった。
何だ、こいつ。そんなの、関係ないだろう。
やっぱりまだ『東京』に偏見のある俺は、ちょっとつっけんどんに呟いた。
「何で、んな事訊くんだよ。あんたに関係ないだろ」
そいつはビックリしたように目をちょっと眇(すが)めて、俺の顔をマジマジと見詰めた。
普通ビックリしたら目を見開くだろうに、何だか変わった奴だな、って印象を受けた。
「私を知らないとは、転校生か? 見た事のない顔だ」
「そうだけど。あ……先生?」
先生にしては良いスーツだと思ったけど、東京はそうなのかもしれない。
「私は、副理事長だよ。小鳥遊学園の生徒で、私を知らない者は居ない。君も、覚えてくれないか」
「気が向いたらな」
理事長だろうが校長だろうが、変に馴れ合うつもりのない俺は、気のない返事を投げて歩き出す。
高級車は、そんな俺の横にゆっくりと着いてきた。
「私は、日向綾人(ひゆうがあやと)だ。君の名前は?」
「黙秘権」
名前を覚えられたら、厄介な事になる。俺の希望は、目立たず普通に、βらしく。そして無事に社会人になる事。
ポケットから両手を出して大きく振り、目の前に迫っていた校門を走り抜けて、俺は校舎に入っていった。
最初のコメントを投稿しよう!