STORY 《Ⅰ》-zero

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キラキラとした場所。カシャカシャと眩しいフラッシュ。 「翻訳大賞の受賞、おめでとうございます!田中さん!今の素直なお気持ちをお願いします!」 向けられたマイク。高揚した気持ちのまま、感謝の気持ちを伝えた。 「普段は映画翻訳のお仕事が主だと思いますが、本の翻訳は今回受賞した『アニバーサリー』が初だと聞いております。映画翻訳と本の翻訳の違いなどはありましたか?」 記者の質問に私は考えを巡らせる。 確かに翻訳をする上で、映像なのか、文章なのかで着目点に違いはあった。何度も何度も翻訳し直して。 やっと違和感に気付いた。 映画にト書きはない。ト書きは映像や音声がしてくれるから。だからこそ、役者の表情を、映像の情景を踏まえた上でのセリフがあって。 しかし、小説はセリフもあれば状況説明もある。映像がないからこそ説明をしなければいけなくて。 でも、だからこそ『言い過ぎないこと』に気を付けた。 そんな内容を簡単に説明した。 「今回、翻訳された『アニバーサリー』は結婚をしない選択をした二人の物語ですが、田中さんは最近、ご結婚されましたよね?何かご自身の思い入れなどは翻訳して感じられましたか?」 自分のプライベートの話をすることに躊躇はあって、出版社の編集者の方が「作品の内容についてのみのご質問でお願いします」と庇ってくれた。 でも、私は笑顔で「構いません」と言うと。 「私は単なる『翻訳者』であって作者ではありません。私は作者であるマイスターさんの意図を察して、彼女の描く物語を日本の読者に伝えるためだけに存在します。ですが、私自身の経験が言葉を紡ぐ助けにはなりました。夫にも沢山の助言をもらいました。だから、私には過分なこのような賞をいただけたのだと思います」 その後も幾つか質問をされて、インタビューのために設けられた時間が過ぎたので、記者会見の会場から退出した。 控え室に戻るまでの間。色んな方に祝福された。 「今まで完全な裏方であった『映画翻訳者』が表に出てくるなんてあり得ませんでしたが、カズヤさんとユーキさんのお陰で、一躍スター職業ですね!」 そんな事を言われて。それが良いことなのか悪いことなのか考えてしまう。 それを伝えると、「考えすぎです!」と一蹴された。 私が控え室に入ると、夫が花束とともに入ってくる。
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