STORY 《Ⅰ》-two-ユーキver.

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マイク。 彼に出会ってから、最初は徐々に、1ヶ月がたった頃から速度を早めて私の日常は変わった。 彼の授業は奇想天外ではあったが、確実に私の中に眠っていた好奇心を刺激して、矢面にあった過剰な羞恥心をおさめてくれた。 特に面食らったのはトライアルの授業。 1回目は、初めて会ったときに思わず泣いてしまったあの洋楽の歌詞翻訳。 亡くなった父は古い洋楽が好きだった。そしてあの歌は父の仕事が休みのときに母と三人でよく聞いていた思い出の歌だった。 けれど、父が亡くなったとき、私はまだ小学校にあがったばかりで。その歌の題名を覚えることなく、母も父を失った悲しみが深く、家で音楽を聞くという習慣は消えてしまって。微かなメロディーだけが頭と心の中に残っていた。 あのとき。 初対面の人の前で泣いてしまった羞恥心から、あの会社を使うのをやめようとも考えていた。きっと「変な女」と思われてしまっている。再びマイクに会うのが怖かった。 でも。 あの歌の題名と歌詞を知りたかった。父が「好き」だと言っていたこの歌のことをもっと知りたかった。 その想いだけで初トライアルを受けた私に、マイクは丁寧に歌詞を翻訳してくれた。この歌が主題歌になっている古い映画のストーリーや、俳優を説明してくれたり、その当時の日本やアメリカでの評判を教えてくれたり。 およそ、英語の授業とは思えないくらいの雑談に満ちた1時間。でも、楽しかった。 今、思えばあのとき、突然泣いた私を慰める訳でもなく、理由を聞く訳でもなく、この歌の翻訳を提案したのは、マイクの気遣いだったんだとわかる。 慰めるのは簡単だったはず。でも、きっと私はもっと号泣してしまっていただろうし、その後の自己嫌悪もきっと酷かっただろうと思う。そうなれば私はもう学ぶ意欲も無くして、今までどうりの生活を選んでいただろう。 それがわかっていたからこそ、彼は『普通』を選んだ。 私の『自尊心』と『学びたい意志』、総じて私の『未来』を守ってくれた。
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