STORY 《Ⅰ》-two-ユーキver.

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彼は不思議な人だ。 多くを語る術を持たない、口下手でコミュニケーション不足の私の希望を瞬時に見抜いて、私が楽になれるようにリラックスできるように導いてくれる。 それも恩着せがましくなく、大袈裟ではなく、さりげなくスマートなやり方で。 「ほな!今日の撮影場所に移動しよか」 マイクはカメラを私に渡してから鞄を背負い歩き出した。 徒歩10分程度歩いた先にあったのは大きな植物園。 今は真夏だから、お花よりも緑の木々や艶かしい緑の草の勢いが強かったけれど、夏の青空に負けない華々しい色合いの大輪の花もある。 少し先の温室には、今の季節に咲かない花や、日本では珍しい花も咲いているとパンフレットに書かれていた。 「ユーキ。前回までのレッスンでカメラの持ち方や操作方法はわかるよな?カメラの設定は標準にしてある。しばらく撮ってみて、こんな風に撮りたい!って思ったら、俺を呼んで。設定変えてやるから。ほな、しばらく別行動や」 マイクはそう言うと一人で先へと歩いていき、彼自身も興味が惹かれた場所をカシャカシャと撮影していた。 私は手元のカメラを眺める。 お母さんのカメラ。 お父さんが亡くなってから、働くようになって、仕事と私の世話とに忙しくなって、ほとんどカメラを触っていなかったように思う。でも、私の年齢があがり、林間学校や修学旅行など、家を開けるときには時々、近場で写真を撮っていた。そして、毎年の私の誕生日にも必ず私を撮ってくれた。 歳を重ねる毎に段々と恥ずかしくなって、顔を隠したりしてまともな写真にならないことが増えたけど。それでも、母さんはいつも笑顔だった。 仕事で疲れていても、反りの合わない自分の実母に嫌みを言われても、私と接するときは常に表情は笑顔だった。 私はカメラを眺めているだけなのに、今までたいして思い出さずにいた母の思い出がうわぁっと甦ってきて混乱した。 でも。今、母のカメラと一緒にいて、母と同じように写真を撮るということが、なんだか嬉しくて。母と一緒にいるような感じがして。 すぅーと深呼吸をしてから、園内を散策した。 いいな、と思う場所があったら、ファインダーを覗いてパシャり。小さなカメラの画面で確認しても、何が良くて何が悪いのかさっぱりわからなくて。 とりあえず、興味が惹かれる場所をただ単に撮っていった。
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