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序章 チカラ
街灯一つない真っ暗な夜道を僕は歩いていた。スタスタと歩く足音が乾いた空気に反響した。ふと僕は足を止め、空を見上げた。
「へぇ」
いつもなら無数の星が空を彩っているが、今日の空は星にとってかわるように真っ赤な月が支配していた。黒と赤のコントラストが見事で、スマホで写真を撮影したが実物とデジタル処理された画像はそっくりに見えてまったくの別物だった。
「いいことありそうだな」
僕は一人呟いた。もちろん返事をしてくれる相手はそばにいない。家路につく道にいるのは僕だけだ。僕だけ・・・のはず・・・だ。
背後に気配を感じた僕はそっと後ろを振り返った。
「気のせいか」
誰もいなかった。そう、誰もいないはず・・・。だが、この感覚はなんだろう。まるで僕の後ろに誰かいるような・・・そんな気がしてならない。
「幽霊でも出ればいいのに」
単なる強がりではない。僕は本心からそう思っていた。刺激のないつまらない日常をどうにかしたかった。
ーーそれなら刺激的な毎日を過ごさせてあげようか?
男とも女とも聞き取れる中性的な声が頭の中に響いた。幻聴だろうか、と思いつつ、僕は答えた。
「ああ、頼むよ」
ふふっ、と僕の口から笑みがこぼれた。
「そんなことができるならぜひともお願いしたいな。どこぞのだれかさん」
幽霊でもなんでもよかった。死神だろうが、悪魔だろうが、それとは真逆の天使だろうが、僕の日常に刺激を与えてくれるのなら・・・。その場に立ちつくした僕は返事を待ったが、中性的な声はかえってこなかった。だよね、と僕は苦笑し、止めた足を再び動かそうとしたときだった。
ーー後悔しないでね。
背中のあたりがぞわぞわした。中性的な声は凄みを利かせていた。僕は即座に背後を振り返った。
絶対に誰かがいる、と僕自身の中で確証はあったがそれを目視することはできなかった。
気配を感じることはできたが見えそうで見えないソレは霊なのか。それとも悪魔なのか。いや、もしも本当に声の主が僕の願いを叶えてくれるのなら天使や神の類かもしれない。
「後悔?日常に刺激を与えてくれるなら僕は後悔どころか興奮するよ、きっと」
ハハハ、と僕は笑った。もしも通行人がいたらじつに滑稽に見えるだろうな、と思いながら。
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