03 - 主国シヴァスの王宮に

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03 - 主国シヴァスの王宮に

 主国シヴァスの王宮にかまえる法術を司る一棟ベベック塔の一部屋に、三人の導師の称号をもつ術士がいた。  彼らが座る卓の上には、不思議な光沢を帯びた五つの紫赤色の珠が布に包まれている。  大人の親指の爪ほどの大きさのそれらは、妖しい輝きを発して見る者を誘おうとするような、それでいて手にする者を破滅へ導くような危険に満ちていて、法術士たちは誰ひとり触れようとしなかった。  「何年もかけて、たったこれだけか」  学者然としたシガラ導師が不満げに言うと、彼よりさらに神経質そうな容貌のサルディス導師は不機嫌な様子を隠しもせず、じろりとにらんだ。  「エシュメから渡ってくる魔属の数を考えれば少ないとはいえません」  「しかし、人民の被害は増す一方だ。これを飲ませるのは大気のマラティヤと決まっているのだろう」  「もちろん初めから(・・・・)決定していますよ」  「ならば、これで足りぬかどうか試してみるべきだ」  「これほどの猛毒、いかに大気のマラティヤでも長く体内にとどめておいて正常でいられるとはかぎりません。スィナンといえどマラティヤ、代えはないのですよ」  シガラは苦々しい顔で黙りこんだ。  彼の出身国であるエディルネイで最近魔属の被害が急増している実情が、いらだちと焦りの原因と知っているサルディスは、しかし慎重な姿勢を崩そうとはしなかった。  それは大気のマラティヤを気遣ったわけではなく、やり直しのきかない〈実験〉を失敗させたくないという研究者としての矜持だ。  二人の友好的とはいえない会話に加わらず座っていたオルドゥ・ハベルは、濡れたようにうるんだ光を放つ紫赤の珠をながめて、その姿にどうしても重なるスィナンの青年を思いだしていた。  ひどく痩せて白いばかりの彼の、凍るような無表情と苦痛に喘ぐ姿しか見た覚えがない。  彼が死ぬまで、それ以外の顔を目にすることもないだろう。  それでかまわなかった。  「とにかく」  オルドゥ・ハベルは二人のやりとりが一段落ついたのを見計らって口をひらいた。  「あとひと月もすれば大気のマラティヤの定期検査がある。試したいことがあるのならわたしにかけあうことだ。あれの管理については、このほどヴァルム・ドマティス様より一任されているからな」  シガラとサルディスは驚いて目の前の男を見たが、結局口にだしてはなにも言わなかった。 第三話 狩り END
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