2. 出発前夜

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 出発の前夜。  プリーエルは子ども部屋ではなく、私が昔に使っていた部屋で寝起きをするエメと一緒に寝ると言って、二人で同じベッドに入っていった。  私とノエも、いつも通り同じベッドへ。ククは夕食を終えた後に森へ戻っていった。  最後に二人で旅支度の最終確認をしてから、並んで寝転がる。 『――――』  ノエは何かを囁きながら、私の身体にぴたりと寄り添った。相変わらず柔らかい肌と細い肢体。潰してしまうのではないかと、最初の内は隣で寝るのが怖くもあったが、今はもうノエをか弱い存在として扱うことを止めていた。ノエは見た目よりもずっと強い。ただ、その強さに私まで甘えて、無理をさせてしまわないように。  私は愛しい妻を抱き寄せる。腕に収まったノエは、嬉しそうに私に額で触れる。 「……ノエ、不安か? 長い旅になるが、怖くはないか……?」  メッセージカードは近くにあったが、手を伸ばす前に言葉にしてみた。伝わりはしないが、ノエは顔を上げてくれる。本心では、こんな言葉は伝わらない方がいいと思っていた。これは私の泣き言だ。この一週間の内にも何度も、ノエの気持ちは確認した。明日旅立つというこの時間に、ノエの心を疑うような真似はしたくない。  彼はにこりと笑うと、くっと首を伸ばして私にキスをくれる。 『――』 「……ああ、おやすみ。私の強くて、美しい……、愛しい妻……」  こんな台詞を言えるのも、伝わらないから。怒られるかもしれないが、今まで誰かを口説くなんてしたことのない私には多分、一番いい距離感なのかもしれない。言葉の代わりに熱を込めて腰を引き寄せる。言葉の無い触れ合いで互いの気持ちを交換する、それは今まで、毎日繰り返して覚えた私たちの得意技。  ノエは全身を私に預けてくれる。それが示す、何よりもの信頼。  眠りに落ちる前、妖艶に弧を描いた唇も、私をいつまでも惹き付けるのだ。
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