間章1. まさか、まさかの

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 エメは平気そうだ。なんだか元気をもらって、ママも頑張るからね、と約束した。途中でお茶を持って来てくれた先生と少し話もしたが、エメは成績優秀で友人も多く、物怖じをしないのでみんなから慕われていますよ、とお褒めの言葉をいただいてさらに俺は元気付けられた。通訳をしてくれるエメは自分が褒められていることに照れる様子もなく、自慢げに胸を張る。  なんて可愛い生物だ。この子を残して死ぬなんてあり得ない。俺は自分の内側からふつふつと湧き上がる不思議な力を感じていた。  大丈夫。  母親は強いものだと、何処かの誰かも言っていたから。 ◇◇◇  ノエは今度こそ自分の子どもが産まれる様を見届けたいと言ったが、流石にそこは私とクク、それにサンもヌイも反対をした。エメを産んだ時のノエには特別な術が掛けられていて、それが幾分か痛覚を誤魔化していた部分がある。出産のショックからノエを守るその術は、同時に彼の意識を深いところに封じ込めてしまうものだが、こればかりは承諾をしてもらう他ない。ノエの自由を奪うような術、本音を言えば私だって認めたくはないが、これがせめてもの、ノエを守る方法なのだ。  私たちの思いを、聡明なノエは汲み取ってくれた。  そうして掛けられた術は彼を深い眠りにつかせ、あの日と同じ、大樹「揺り篭」の前にノエは横たえられる。一糸まとわぬ姿で祭壇に横たわるノエは美しかったが、それを称賛する心の余裕はない。サン、ヌイ、ククはあの日と同じ格好で、あの日よりもずっと緊張した面持ちで。  儀式は、始まった。     
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