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この世界を飛び出して
空を見上げて星を数えたのはもう随分と昔のことだ。
この年になって、星空を見上げることはあってもそれを指さして数えることはしない。否、空を見上げることすらないくらいだ。
仕事や勉強や、日々様々な現実に追われて、夜の星明りなどとうに忘れてしまっている。
それでも時々、ふと思い立ったように空を見上げることもある。
それは大概、星の降る夜だ。
*
時刻、午前零時。
日付が変わったこの時間に、あいつから呼び出しのメッセージが届いた。
面倒だなと思いながらも仕方がなく部屋着から適当な服に着替える。
眠りについてる家族を起こさないようにそっと家を出ると、そこには1人の女子高生が制服のまま黒色の空を見上げていた。
「おい、こんな非常識な時間に呼び出すなよ。迷惑だ」
「今から会おう」とメッセージを送ってきた凛子(りんこ)に挨拶もせずにそう言うと、やつは俺の方を振り返った。
凛子のボブの髪がふわりと浮かんで夜風を切る。
隣の家に住むこいつの考えていること、言動、その全ては、どうやっても俺には理解できない。俺の理解の範疇を飛び越えていくのだ。
凛子はくりりとした大きな目で俺を見て「でも来てくれたじゃん」と顔色ひとつ変えずに言ってのけた。
「お前が呼び出すからだろ」
俺は溜め息を吐いた。
突拍子もないこいつの言動に俺はいつも振り回されているが、それはこいつが何かとんでもないことをしでかすのではないかという不安から来ることだ。
ことさら今回はこいつの身を案じてのこと。こんな変わり者だが女子高生。近所に住む者としては心配でしかたがない。
俺がそんなことを考えているなんて微塵も知らないこいつに「それで、何の用だ」と俺は問うた。
大真面目な顔をして、凛子はこう言った。
「今からちょっと出かけよう」
「はあ?」
「逃避行、しよ」
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