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「あんまりにも歪んでるから元にもどらねえかと怖くて殴ったらオヤジの声だしやがんだ。いっちょ前に悲鳴あげてよ。あんな人間の形してねえのによ。おもしれぇからもっと殴ったら死んでた」
良郎は、ゆっくりと、わずかに銀二の方に顔を向けた、といっても、耳しか見えていなかったのが鼻の先が見える程度になっただけであるが。
「正面よりもむしろ眼のはしっこの向こうの方が良くみえるんだよ。やっぱ歪んでるけどよ。油問屋にいた娘もそうだったな。オレが見えてないと思って這って逃げ出そうとしやがった。かんざしがひらひら揺れるのが良く見えたよ。気の強い娘でさ、そのかんざしで、オレの手をさしやがった」
「…………おりんちゃんって言うんだ」
銀二は、ふたたび言った。
「おりんちゃんって言うんだ。その娘は」
その位置が男の言う通り、一番見やすいのであろう。しかしそれでも死角はあるのだ。男の視界の中にはないものがその時の銀二には見えていた。
鷲鼻の男の頭の向こうで、佐吉と呼ばれた男が、泡を呑んだような顔をして手をあげていた。佐吉の後ろにはあんまが静かに佇んでいる。
「俺が作ったかんざし、ひらひらで喜んでたのによ」
佇んでいるだけではない、あんまの手は、佐吉の首の後の筋にぴたりとすいついている。そして、そのあんまの指が、正確に人体の急所を壊すことができるのを、銀二は良く知っていた。
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