すりおろし林檎のかおり

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   私は林檎持ったまま動けなくなってね。耳を澄ましていたの。  そうしたら今度は、キッチンから音がするじゃないのよ。  金物を動かしているような音が。  友だち? そんなモノいないわよ。  私に興味示すモノ好きは、あんたくらいだからね。    で、恐る恐るキッチンに行ったの……。  そうしたらね、なにがあったと思う?  答えは「孫」、孫!  まだ中学生だっていうのに、やさしい子でね。私のためにシチューを作ってくれた。 「今日はやさしいんだね」  いつもの調子でイヤミを言ってしまったらね。 「ママが行けっていうから、きたの」だって。  にくったらしいったらありゃしない。ふふふっ。  それで別れ際に「あ、忘れてた!」って、小さな紙袋渡されたの。  なかには、毛糸の帽子が入ってた。耳まで隠れる、ふかふかの帽子。 「これは、どうしたの」 「ママから、誕生日おめでとうだって」  そう私は昨日、85回目の誕生日だったの。すっかり忘れて熱なんて出してた。  びっくりして娘に電話したら、大笑いしてこういうのよ。 「林檎は体に良いからすって食べてね」 だって。  娘が小さい頃、よくすってあげたのよ「すりおろし林檎」を。  娘のためにすった林檎は、真っ赤になって帰ってきたんだねぇ。  もうこの歳だと誕生日なんて鬱陶しいと思ったけれど……。  ありがたいねぇ。    
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