262人が本棚に入れています
本棚に追加
「……は、ぁ……っ」
ナイフを突き立てた左胸から、小さな血の玉がぷくりと浮いた。
私が振り下ろしたそれは、寸前で勢いを落とし、刃先がほんの少しかすっただけだった。進藤の胸にごく僅かな傷を付けただけだった。
――今さら何を迷っているの。何を怖気づいているというの。
目をつぶり、深く息を吐く。
このまま、力を込めればいい。
体重をかければ、女の力でも確実に殺すことが出来る。
柄をぎゅっと握り直す。
ただこのまま体重をかけるだけでいい。目は瞑ったままでいい。
そうすれば、この男を殺せる。
殺せる、のに。
「……どう、して……」
それなのに、どうして出来ないの。どうして手が動かないの。
この男が、父様を、母様を殺した。
この男が、私を娼館へとおとしこめた。
この男が、私から全てを奪った
全て。全て全て、この男が。
最初のコメントを投稿しよう!