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「どうして……っ、どうして出来ないのよ……!」
ずっとこの時を望んでいた。
ここでこの男と再会したあの日から。いや、この男が私から全てを奪ったあの日から。
ずっと。ずっとこの日を待ち望んでいた。この時だけを支えに、この時のためだけに生きてきた。
この男を憎んでいたから、私は生きてこられた。
それだけを希望に。それだけを切望して。
それなのに。
――椿。
私を愛おしそうに呼ぶ声が甦る。
慈しむような目が。
指が。
言葉が。
目の前に、脳裏に、ちらちらと浮かんでは消える。
「……止め、てよ……」
――おまえは本当に可愛いな。
――いつもそうやって笑っとけ。
「止めて! 止めてよ……っ」
笑えなくしたのは誰なのよ。
私から全てを奪ったのは誰なのよ。
視界が歪む。
息が上がる。
頭の芯が揺れる。
手に力が入らない。
突き立てたままだったナイフが手から滑り落ちそうになったその時、
「……っ!」
それを阻んだのは、男の手だった。
節張った手が、片手だけでいとも簡単に私の両の手を包む。
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