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――鈴音ちゃん、はじめまして。香坂雅史です。
雅史様は父の後ろに隠れていた私に、笑顔でそう挨拶してくれた。周りにいる男の人といえば父か使用人くらいで、同じ年頃の男の子と接したことのなかった私は、蚊の鳴くような声でしか挨拶を返せなかった。
そんな私を、父は窘め、雅史様は大人ばかりの窮屈な空間から、花々が咲き誇る庭へと私を連れ出してくれた。
それから年に数回会うようになり、私が十を過ぎた頃から、私のもしもに、雅史様は頻繁に登場するようになった。
私のもしもの中では、雅史様はいつも優しい微笑みを浮かべていた。
帝都のカフェーでシュウクリィムを食べた時も、一緒に活動写真を観賞した時も、遥か遠い異国に行った時も。私の手を握り、私に好意を向けてくれた。
初めて会った時から、もうすぐで十年経つ。
三ヶ月後の十七歳の誕生日、私は雅史様に嫁ぐ。
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