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「あの」
と呼びかけたあとに口の中で「ま」と言いかけてから、「も」と言い直そうとして、数秒。日和はどちらも呑み込んだ。
中途半端に「あの」と言った切り黙り込むかたちになってしまったものだから、真木に訝しげな顔をされてしまった。当たり前と言われたら、そうでしかない。
「なに?」
その顔をじっと見つめてから、ぎこちなく首を振る。
「なんでも、ない、です」
本当はひさしぶりにちょっといちゃいちゃしたいなぁ、なんて淡い夢を抱いていたのだが意気地とともにどこかに飛んで行ってしまった。
台所に足を向けることで、日和は真木の視線から逃げた。背中にビシビシと突き刺さっている気はするが、認めたら負けだと言い聞かせて冷蔵庫を開ける。べつに飲みたいものも食べたいものもない。
そもそもワンルームのアパートにおける逃げ場なんて、トイレか風呂くらいしかないのだ。
――って、トイレに隠れたらよかったのか。
そう気がついたものの、いまさらすぎるし、挙動不審すぎる。溜息を吐いて冷蔵庫を閉めたところで、背後でノートパソコンを閉じる音がした。その音に、ぎくりと肩が跳ねる。
たしか真木はつぼみの来月の予定表を作っていたはずだ。今日中に作らないとまずいだのなんだのと言っていた覚えがある。
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