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「あの……」
「日和」
普段よりワントーン低い声に、反射で「はい」と振り返る。
「ちょっと、そこ座れ」
そこ、と真木のすぐ前を指示されて、もう一度「はい」と頷く。完全に反射である。
この声を、そしてこの前ぶりを、日和はよくよく知っている。つぼみでボランティアをしていた二年間に何度も見たからだ。今からお説教しますよ、というわかりやすい前置きである。
主にされていたのは当時小学校中学年だった暁斗少年で、自分は成人した大人である上に、一応恋人であるはずだが。
「日和さぁ」
「……はい」
「その態度ってことは、俺の言いたいことわかってるよね。なんなの、最近」
最近、という単語に日和はちまっこく正座したまま肩を縮こませた。自覚だけは痛いほどにある。
「二、三日なら見逃そうと思ってたけど、もう一週間」
「……はい」
「人のことを『ねぇ』だの、『ちょっと』だの。なんなんだ、ママからお母さんにうまく呼び変えられない思春期の中学生か」
嫌なたとえだなと思ったが、実に的確に痛いところを突いている。
たしかに最近、ちゃんと「真木さん」と呼べていない。あの、と言ったきり黙ってしまった先ほどがいい例で、「あの」だの「ねぇ」だの、あげくの果てに「ちょっと」だのでお茶を濁している。
気分のいいものではないだろうということはわかる。わかるのだけれど、ただ。
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