好きになれない 【2】

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[1] 「あんた、ちょっとは真面な顏になったじゃない」  春休み以来、五ヶ月ぶりに帰省した弟を、まじまじと見つめているからなにかと思えば、そんなことを考えていたらしい。  居間のテーブルで、生徒たちから届いた残暑見舞いを広げていた姉の美咲が眼を細める。五歳年上の姉は、昔から日和と違い、なんでもできる優等生タイプだった。それこそ学生時代は学級委員長から果ては生徒会まで。役職の付く仕事を精力的にこなしてきた見本のような生徒。それでも年が離れているからか、のんびりとした弟の性格を批判することもなく、煩く口を出してくることもなかった。  その姉が、「真面な顏」としみじみと口にする。この五ヶ月でどんな変化があったかだなんて、考えるまでもない。二人掛けのソファを占領して寝そべっていた日和は、スマートフォンから視線を上げないまま、ぼそりと答えた。 「まぁ、ちょっと」 「ちょっとって、なによ。彼女でもできた? だったら、お母さんに教えてあげなさいよ。お母さん、あんなに格好良く産んであげたのに、あの子は全くモテないって嘆いてたから」  その母と父は付き合いの悪い息子は放って、二人で買い物に出かけている。 「煩い。と言うか、そもそもとして、モテたくもねぇもん、俺」 「はい、はい。それも顔が良いからこそ言える台詞よね。モテ飽きてるわけだ。お姉さまもあんたくらいの顔面偏差値が欲しかったわぁ」  芝居がかった動作で肩を竦めて、美咲ははがきに眼を落とした。書いた生徒のことを考えているのか、優しい顏。  ――あの人もきっと、こんな顔で見るんだろうな、届いたら。  自然と連想してしまって、日和はぶるぶると頭を振った。その唐突な挙動に姉が瞳を瞬かせる。
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