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小型犬のように光る目におねだりされ、ヤスはとうとう白旗を上げた。いつもヒロにかなわないのだ。
論文とノートを横に避け、ローテーブルに乗せていた灰皿とたばこを近くに引きずる。ニコチンが欲しいだけなので、ヤスが知りうる限りコンビニで一番安いものだ。未だに退かないヒロから火種をずらして息を吸い込む。
「……で、何をしたいって?」
「冷房かけずにせんべい布団で汗だくセックス」
「……あ?」
「冷房かけずにせんべい布団で汗だくセックス」
――これだ。ヤスは天を仰いで頭痛を堪えた。
二十を超えてから、ヒロはヤスにセックスやそれに近いものを願うようになっていた。初めてのリクエストは「フェラさせて」だ。驚きすぎて顎が外れるかと思った。
だが、それに始まり、「お尻いじって」「乳首で感じられるようになりたい」「潮吹きたい」等、AVもかくやという話がばんばん出てきた。なんだかんだヒロの言うことを聞いてしまうし、男の体を開くことに慣れもした。とはいえヤスとしてはそれが苦痛で仕方なかったので、一か月前のものが最後だと約束したはずだった。
「繰り返せなんて言ってねえよ。そういうのはこの間やったので最後って話だったろ」
「えー、せっかく成人男性サイズのディルドが入るようになったのに。俺の穴は本番処女かよお」
「普通の男は全員本番処女だよ」
「ヤスのアナル童貞を俺で切ろうよー」
「帰っていい?」
「挿れてから! 挿れてから帰って!」
「……」
ヤスは自分用に置いてある灰皿に、まだフィルターが残っている煙草を押し付けた。
冷房で冷えた鞄を引き寄せて勉強道具を放り込んだ。
片足を蹴り上げてヒロの頭を床に落っことす。痛そうな音は気にしないことにした。
「ヤス!」
「邪魔したな」
引き留める声に返事もせず、ヤスはあっという間に木造アパートから逃げ出した。
外に出てしばらくすると、冷えた身体に容赦なく照り付ける太陽のせいで汗が吹き出した。温度差で体を壊しそうだ。自分の家までの道のりを黙々と歩く。
歩きながら眉をひそめて舌打ちをした。
脳裏にヒロの肢体が浮かんでくる。
ほっそりとした体。流れる汗。赤くなった頬と自分を呼ぶ声。
「……くそが」
ヒロはヤスの気持ちも知らず、軽い調子で体だけを求める。腹が立たないはずが、さらに抱きたくならないはずがなかった。
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