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どうしてだろう。見つめれば見つめるほど、それがこの世のものとは思えない。白の中に浮かぶ黒があまりにも妖艶で、私の心を狂わせる。ただこの狂乱は、ある種の酩酊でもあって、その危険性を理解してもなお、私は視線を外すことができない。このまま、少女に全てを委ねてしまいたいとすら思った。
そうしたら、きっと私は楽になれる。
「確かにくだらない理由だとは思う。でも、そもそもあなたを怒る資格がある人なんているの?」
少女が何かを言っている。
でも、私はその言葉の意味が分からなかった。否、正確にいうと、彼女の瞳に魅せられていた私は、それを見つめ続けるのに必死で他のことに意識が回らないのだ。頭は回転することを止め、身体は硬直し、心臓ですらもその動きを休めようとしているような気がする。
なのに、どうしてだろう。
口からは言葉たちが勝手に飛び出していく。
もしかしたら、私は今、頭ではなく心で考え動いているのかもしれない。
「正直、私は誰に何を言われても文句は言えないと思う。世の中には私なんかよりずっと辛い思いをして、それでも懸命に生きている人がいる。そんな人たちにとって、私の行為はきっと冒涜以外の何物でもない。それに、家族や友人は一体私のことをどう思うのかなって、そんなかとを考えてしまう」
「友人?」
「うん、大学では一人もできなかったですけどね。一応、高校までならそう呼べる子もいたんだ」
「ふーん」
変わらずどうでもよさそうに呟いた少女は、やっとその視線を私から外した。
握り潰されていた心臓が一気に脈を打つ。
私が生を実感していると、少女がゆっくりと口を開く。
詠うように、唄うように、謳うように、歌うように。
少女は言の葉を一枚一枚丁寧に紡ぎだしていく。
「七十億の粒が入った砂時計がある」
やっぱり、彼女の言葉には脈絡がない。
「その中の一粒が消えてなくなってしまいました。その砂時計は、もう正確に時を刻むことはできない?」
「……一粒ぐらいじゃ、きっと変わらない」
「それと、同じこと」
その言葉は棘となって、私の心に突き刺さる。
ここにたどり着く前にまとったはずの鎧は、思っていたよりずっと脆かった。
頑丈で、固いと思っていた鎧は、脆弱な私よりは丈夫なのかもしれないけど、やっぱり脆くて壊れやすい。
「……」
何も言えなかった。分かっていたつもりだった。
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