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鏡を隔てた向こう側には別の世界があって、同じように見せかけて映すけれど、目を離した途端、別次元に動き出す。
現実の世界に入り込もうとする、そんな油断のならない欠片があちこちに散りばめられて、それは反射するものに身を潜め、現実との逆転を目論んでいる。
もちろん、夢もその一つ。
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あの逆転の瞬間、自分の周りから薄い膜のような残像が剥がされていくのに、誰も気づかない。それらは玉葱の薄皮のように、トレーシングペーパーのように半透明のまま重なって、気付いた時にはもう離れることはなかった。
もっと早く結末が見えていれば引き返せただろうか。いや、たとえ知っていても、私はきっと同じ選択をしただろう。届かないあきらめた恋ならば、いっそ何処にでも連れて行ってくれたらいい。私は自ら掴まりに来てしまった。
闇からの小さな誘惑にのって悪戯に試した行為が、私の中の何かを変えた。それは甘美で、取り返しがつかなくて、もう光の届かないところに封じ込められて。
それでも構わなかったの。一瞬でも願いが叶えられたかのように、身体に沁み付いたのだから。後悔なんてしない。あなたにもさせない。
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私は此処にいる。
花びらに、降る雪に、あなたの手のひらに宿る。
花の奥に、降り積もる粉雪の下に、あなたのそばに限りなく浸食していく。
そして、名前を呼び続ける。
もう気づいているでしょう。それが私の声だということに。
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