10人が本棚に入れています
本棚に追加
*
改札を抜けると、いつも胸がどきどきする。今夜はいるかな。それから。
ホームにあの人の後姿を見つけた瞬間、並んでいる位置を確認する。前から三番目の列までに並んでいる時は、隣の車両に移動することに決めている。きっと仕事で疲れて眠って行きたいだろうから。
後ろの方に並んでいる時は、立って帰るつもりなのだろう。私は「行平さん」と小さな声で名を呼ぶ。新品の革の書類鞄を持った彼は、やあ、とにっこり笑って、それからの三十分間、色んな話をしてくれる。
やっと慣れてきた会社の話。地方に散ってしまった大学時代の友人のそれぞれの消息。夏に計画している旅の話。
そして少し照れたように頬を撫でながら、「今日の花の名前は何ていうの」と訊ねてくれるから、いつもは長く感じる時間が一瞬に思えてしまう。
最初のコメントを投稿しよう!