雪の章 一

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*  改札の前で駅の時計を確認すると、九時二十八分だった。あの列車にはまだ早過ぎるけれど、待っていれば今夜は逢えそうな気がする。先に並んで、いつもとは逆に彼に見つけてもらおう。  本を読んで少し時間を潰してから、急行列車のホームに入る。いつも彼が決まって並ぶ乗車位置の一番前に立って深呼吸した。見上げると高層ビルの航空灯が、私の心臓の音に呼応するようにチカチカ光っている。  しばらくして隣に新聞を持ったサラリーマンが並んだ。コツコツというハイヒールの音が真後ろに立った。その横に軽いスニーカーの擦れる音。後ろをゆっくりよぎる重い足の運び。こうして聞いていると足音には特徴がある。そして一列置いて斜め後ろに、若々しい軽快な革靴の音がした。  時刻掲示板を見る振りをして後ろを確かめると、やはりあの人だった。彼は真っ直ぐ前を見ていて、こちらに全く気付く様子がない。少しでいいから斜め前を見てくれないかな。  そうするうちに列車がやってきて、私は流れに沿って入口に一番近い席に座った。彼は向かい側の端から三番目に腰掛ける。彼は私の方を見ない。私たちは目が合わないまま。今夜は目印の花を持っていないからですか。それとも気付かない振りですか。  降りてすぐに声を掛けた。彼は「あれ、同じ車両だったんだね」と、いつもと同じ屈託のない笑顔で答えた。  本当に気づかなかったんだな。こんなによく会うのに、この人は多分一度も私を探したことがないんだ。ただそれだけのことなんだよね。  彼には何の罪もないのに、何の罪もないからこそ、少し恨めしい気持ちが湧いた。
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