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一冊の分厚い本を胸に抱いて、彼女は鬱蒼とした森を駆けていく。息を切らし、木の根に足を取られ、何度も転びそうになりながら。今の彼女には、それしかできなかった。
彼はみんなを守るために、戦った。敵が侵略してくる度に皆に指示を出し、自らも出陣し、力の限りを尽くした。
しかし彼は、敵の持つ力を前に力尽きた。
彼女は奴の持つ刃(やいば)が彼の身体を貫き、弾けるようになくなったのを見た。
気がつくと彼女は、森の中を駆けていた。
奴の力を目の当たりにして逃げ出したのだと自覚して、その場に崩れ落ちた。なんてへたれなんだろう。恩人が殺されるのを、黙って見ていたなんて。そこから、逃げ出してしまったなんて。秘宝まで、あっさりと奴に渡してしまったなんて。
涙が次から次に溢れて、止まらなかった。彼の側近から預かった本に、涙が染みていく。もう、私も死んでしまいたい。あの人と一緒にいきたい。
「泣かないでください」
聞き慣れた声が聞こえてハッと目を開くと、本が黒いもやに包まれていた。それは瞬く間に人型になり、やがて姿形がはっきりしてくる。そこに現れたのは、本を手渡した張本人だった。
「ジュリアン! 生きてたのですね……!」
ジュリアンはそのまま彼女の前に膝をつき、手を取った。
「はい」
その顔はひどく優しくて、また涙が溢れてくる。けれど、こうしてもいられない。彼女は涙を拭って本を傍に置き、ジュリアンが取った手にさらに左手を重ねて握り返した。
「ジュリアン、どうしよう、私……! あの人が死んでしまっては、私……!!」
混乱していて上手く言葉が出てこない。しかし、ジュリアンはふっと息を漏らす。
「ジル、よく聞いてください。あの人は、生きています。身体はなくなったけどね、あの人の心臓となる核は私が持っているんです」
ギャアギャアと烏が飛び立つ。その羽根と木の葉が、周りに散乱していく。彼女は、耳を疑った。
「あの人はね、あの秘宝を守るために、私と契約したのです。私と契約した者の核は、私が預かることになっているんです」
ジュリアンはそっと手を離すと傍らの本を拾い上げ、ページを捲り始めた。
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