6章 束の間の平穏、そして

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 ――そうか?  ――そうだよ。身体をすり付けてきたり、髪とかの匂いをくんくん嗅いだりさ……。  山での暮らしが長かったせいだろうか。まあ、別に嫌だとも変だとも思わないのだけれど。そうされた時、少しどきどきするだけで。  ――さあ、帰ろう、珱真。立てるか?  蒼呀が手を差し伸べてくる。珱真はその大きな手のひらを握り替えし、立ち上がった。だが、さっきの動揺が残っていたのか、それとも、蒼呀の体温を感じたせいか、足許が何だか覚束なくなる。  ――仕方ないな。  蒼呀はひとつ息をつき、腰につけていた小籠をぐいと身体の前に出した。そしてこちらにくるりと背を向け、屈む。  ――ほら、おぶってやるよ。  珱真はまた驚いてしまった。手厚い、というよりは、随分と大げさな申し出だ。もちろん断ろうとしたが、すっかりその気になっている蒼呀は、「遠慮するなよ」と珱真を急かしてくる。  ――日が暮れる前に町に着かなきゃならないだろう。ほら、早く乗れよ。俺なら全然構わないんだから。  そうまで言われては断るのも都合が悪く、珱真は思い切って蒼呀の背に張り付いた。落ちないようしっかり手脚を回し、友人と身体を密着させる。  ――……重くない?  怖々訊ねると蒼呀は一笑し、「よし、行くぞ」と軽い足取りで山道を下って行く。帰りも蒼呀と二人、美しく色づいた山々を眺めながら帰宅しようと思っていたのだが、風景なんてほとんど目に入らなかった。  ――ねえ、蒼呀。蒼呀ってさ……。  胸にぽつんと灯った不思議な感情もそのままに、珱真は訊ねてみる。だが、何を聞きたかったのか、何を問いたかったのか上手く言葉にできず、そのまま押し黙ってしまう。  ――何だ? 珱真。  ――ううん、何でもないよ。……ありがとう、って思っただけだよ。  嫌がられているとは思われたくなかったので、素直な気持ちを付け足す。すると蒼呀の肩が嬉しそうに跳ねた。
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