序章

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 いきなり耳元に知らない声が寄せられて、俺は飛び退いた。――な、なんだいまの。  俺の様子を見かねた鳥遍野が、俺の右肩があった辺りを見て、すかさず窘めるような声を出した。 「(あきら)。二宮はそういうの嫌いだって、オレ言ったよね?」  口元に笑みを浮かべてはいるが険のある口調。厳しさを滲ませる声は、けれどもこいつの本意ではない。  ――一年(ぜろ)組の鳥遍野 礼は、怒らせると仁王のようだ。――  首筋にかかる寸前で切ってしまう癖のない短い黒髪に、どことなく謎めいた漆黒の瞳。  これぞジャパニーズ、な外見のためか、鳥遍野にはやたらと不穏なキャッチフレーズがつきまとう。  鬼神、羅刹、阿修羅のようだ、と、いずれのあだ名も仏教に関係していそうなのは、やはりこいつの体質ゆえなのだろうか。本人いわく霊媒云々の秘密は、ごく一部の限られた人間しか知らないはずであるが。  そうした周囲の誤解には常にやきもきさせられるが、こいつは相手が生きていようが死んでいようが見境なく人見知りする性格の俺を、いちいち気遣ってくれるいい奴なのだ。ちょうどいまのように。  争い事を嫌い、どこか厳かで清潔な空気をまとった鳥遍野のこうした機転に、俺はいつだって救われてきた。  だが、それはきっと『彼ら』も好むところなのだ。案の定、俺は、とさっきの男の声が俺のすぐそばで、ぶすくれたように告げた。 「挨拶してやっただけだ」
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