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「気に入ったわけでは、ないです」
「おや。それは、作者としては残念ですね」
「え?」
「渡瀬永(わたせはるか)です」
渉の「え?」を勘違いしたとしか思えない笑みを見せて、目の前の彼が言う。それを聞いた、近くで二人のやり取りを気にしている女の子たちが、そわそわとした気配をあからさまに出した。
渉は、
(ワタセハルカ? 誰それ?)
と思った一瞬後に振り返って、「誘(いざな)い」とあるタイトルの下に書かれている作者の名前を見た。
(これでハルカって読むんだ……。絶対読めない)
「気に入ってもらえていないとしても、感想は聞かせてもらえますか?」
名前を確認して、再び向きなる動作に入った渉に、先程と同じ声が尋ねてくる。
「―――」
「今後の参考のためにも」
渉の無言をどう捉えたのかはわからないが、相手は笑顔を崩さない。渉には、その笑顔がだんだん胡散臭く思えてきた。
「あの」
「はい?」
「その嘘、なんか意味あるんですか?」
「嘘?」
「――、あなたは、この絵の作者じゃない」
「え?」
戸惑いを含んだその声は、目の前の男性ではなく、近くにいる女の子たちが出したものだった。渡瀬永と名乗った彼は、なにを考えているのかわからない笑みを浮かべているだけだ。
「どうしてそう言い切れるの? 今日、初めて会ったよね? 初対面の人にそんな嘘を吐くメリット、あるかな?」
「ないから訊いてるんです」
「嘘じゃないとは思わないの?」
いい加減、不毛な会話が面倒になってきた時、「思いません」と言おうとした渉の代わりに、
「無駄だよ。瀬名さん。渉にその手の嘘は通用しない」
という耳に馴染んだ声がして、渉は目の前の男性と一緒にその声がした方を見た。
「昴有梦くん……」
声の主は、今日渉をこのギャラリーに誘った二つ年上の幼なじみ、菅原昴有梦(すがわらあゆむ)だった。この場に到着すると同時に、知り合いであるここのオーナーに挨拶をしてくると言ったので、別行動をとっていたのだ。
「まだ完全にはバレてなかったのに…。邪魔しないでよ」
胡散臭さの中に親しみを混ぜて言った男性に、
「バレてるから」
と、一言放ってから、昴有梦は眼差しを渉に向け、
「この人は瀬名雄一(せなゆういち)さん。このギャラリーのオーナーだよ」
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