第一章 好きなもの、嫌いなもの

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「おはよ。」 答えもしないとは分かっているが、誰もいない家の中では話せるのが猫しかいない。 「死ぬ前にお前の名前も決めないとな...」 2年ほど前に俺が勝手に拾ってきた。 名前を決めようとは思っていたが、いい案が出ず、2年も放置している。 「にゃー。」 何も悩みのなさそうな顔をしてこちらを見つめてくる瞳に、名前の事を思い出して少し罪悪感がある。 「食べな。」 自分と同じ柄の食器に買い置きしていた缶詰の中身を出し、与える。 いつもと同じ事をしてはいるが、余命のことが心の隅にあり、不思議な感覚だ。 「今日、午後から病院か。」 午前中は別にすることもないので、食事を終えると自室に戻り、本棚から適当に何冊か取り出し、ベッドに寝転ぶ。 僕は昔から、本が好きだ。 他の子達が遊んでいる間にも、僕は家で本を読んでいた。 なぜかと言うと、何も気にしなくて良くなるからだ。 一つの事だけに集中すると、何も聞こえなくなるという言葉があるが、僕の場合は特にそうだ。 聞きたくもない親からの御託や、周囲の音を妨げたい時は必ず本を開く。 「お兄ちゃん遊ぼ!」 「うん、いいよ。」 時には例外もいた。 弟は、いつも僕を遊びに誘う。 小さい頃1回聞いたことがある。 「友達と遊ばなくていいの?」 「お兄ちゃんと一緒の方が楽しいもん!」 「なんでそう思うの?」 「なんでだろうね~。難しいからよくわかんない!でもお兄ちゃんは本読んでる時つまんなそうなんだもん~!」 初めて人から見られてたということを感じた。 「そっか...。」 「だから遊ぼ!はやくはやく!」 弟に引かれ、家の庭に出てサッカーを始めた。 「お兄ちゃん。楽しい?」 不安げに聞いてくる弟は、本当に人を見ていると思う。 「うん、ありがと。」 「はぁ...。」 いつの間にか寝てしまっていた。 机の引き出しから、ノートを取り出し、1番最初の行にこうかいた。 「死ぬまでにやる事」 ふと、時計を見ると時間がとても過ぎていたことに気づき、家を出る準備をした。 「こんな時間になってた...。病院行かないと。」 慌てて1階に下りようとするが部屋に戻り、先程のノートをカバンの中に入れてもう一度出ていく。 「待っててね。」 猫に一言残し、病院への道を歩いていく。
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