海辺を走る

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☆  次の日から、またひとつ隣りの車両に移った。  海は寒々とした空を映して灰色に陰り、季節は晩秋から冬へと移っていく。   年があらたまって、海は厳冬の北風にさざ波を立てて震えた。  帰宅する急行に乗る時刻には、宵闇の難波の街から寒風がホームに吹き込んでくる。  そんな冬の宵。陽造は発車間際の車両に飛び乗って、ドアのそばで吊り革を握った。  混んでいる。人をかきわけて奥へ入っていくのは億劫だった。  中年の勤め人たちが疲れた顔で現実から逃れるようにスマートフォンをいじっている。  自分もその一人なのだ。  思わず、ふうっと吐息が洩れる。  くたびれた給与生活者たちの群像。  ちょっとむずかしい言いまわしが頭に浮かび、よけいに疲れが濃くなった。  天下茶屋駅でドアが開き、帰宅者の群れが更に乗り込んで、最後に、女子高校生が一人ふらりと乗ってきた。陽造には、ふらり、というふうに見えた。  制服姿の少女は、両手で通学鞄を握っているが、体がふらふら揺れている。表情がぼんやりして、目は開いているが虚ろでどこも見ていない。貧血を起こして意識が朦朧となっているのをかろうじて立っているようすだ。  陽造は、あのときの少女だと気づいた。わたしを見ないでくれませんかと怒った娘だ。  少女は開閉ドアのレールの上に両足を乗せて立っている。このままではドアに挟まれてしまう。
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