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営業職は花形だと言うけれど、学生時代に思い描いていた世界とは程遠く、体力と気力と、あとは根性だけの華々しくなんかひとつもない職種で早く転職したいとそればかりを考えていた。
「辞めちゃうの?」
そんな時に声を掛けてくれたのが黒田さんで、彼は同じ営業でもチーム違いで担当業種が違うためにあまり話したことがない先輩だった。
「自動車のメーカー相手は大変だよね」
「黒田さん、自動車担当だったことあるんですか?」
「あるよ。うちの会社は1度は経験させられるよ」
煙草吸う?と角の喫煙所を指を差されて首を振る。
「良かった。僕も吸わないんだ」
「同期はほぼ吸いません」
「だよねえ。今時吸うのなんてジジイだけだよ。あっ、これ僕が言ってたっていうのは内緒ね」
ふふ、と肩を竦める彼に少しだけ目を丸くした。
「黒田さんって結構口悪いんですね」
しまった。
まただ。
昔から何度も言われていたこと。
思ったことを考え無しに口にするものじゃない。
社会人になった今でもチクチクと言われて、俺は営業には向いていないのかもしれない。
「葉山くんは結構素直なんだねえ」
「……すみません、つい」
「いいと思うよ、僕はそういうハッキリした子が好きだなあ」
首を傾げて顔を覗き込まれる。
コーヒーの缶を持つ左薬指にシンプルな指輪が見えて。
悪戯っ子のように微笑む彼から目が離せなかった。
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