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マンションの1階、エレベーターの反対側に設置されてる喫煙所でタバコを取り出した田口靖治は、自分の物臭っぷりに少し後悔していた。
「寒っ」
11月も半ばにさしかかって、裸足にツッカケ、トレーナー上下だけ、といういでたちでは寒い。
田口は一見、浮浪者のような格好だった。頭もボサボサ、無精髭は先週末に剃ってからそのまま、風呂も月曜日の朝に入ったきり。
自分が臭ってる実感もあったが、そろそろ一年になるこの生活習慣を改める気力はなかった。
昨年の暮れ、妻との離婚に向けての別居で、このマンションにやってきた。離婚はまだしていない。
別居の理由は自身の不感症が大元にある。性欲だけでなく妻に対する愛情も、もう何年も感じていなかった。そんなであったから妻からセックスレス故の提案をされてもショックはなかった。しかし、転居してからというもの日々に何も張り合いを感じず、自堕落な日々に陥っていた。
このマンションは室内もベランダでも禁煙になっている。そのためタバコを吸いたくなる度に5階の自室から降りて来なければならないのだが、フリーランスで在宅ワークというほぼ人と会わない仕事の為、三ヶ月ですっかりこのものぐさな状態になってしまった。
(今日はもう来ないか…)
壁掛けの時計はまもなく深夜2時を指そうとしていた。
5月の連休明けくらいからだったろうか、4月に越してきた隣の女の子のところにほぼ毎週の金曜、中性的な美人がやってくるようになっていた。
彼女の部屋に泊まったり、泊まらなかったり…。泊まらない時はタクシーを待つ間、ここでタバコを吸って行く。
はじめは長身細身のボーイッシュな女性だと思ったのだが、声も後ろ姿も、どう見ても男性だった。
ここに越してきて、人との交流が、月曜日に仕事を斡旋してくれている会社に顔を出すのと、土曜日に古武道の道場に行く時だけになっていたせいだろうか、彼とちょっとした言葉を交わすのが楽しみになっていた。
彼について知っているのは、残業で遅くなった時に新米の女の子を送ってくることになっているということだけ。名前も知らない。
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