中性的な美人

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 1LDKの単身者向けのマンション。  ソファーが1台とテレビがあるきりのリビングだけは一応片付いている。  ダイニングテーブルの上には酎ハイの缶とコンビ弁当の空が散乱していて雑然としている。  田口は和室を寝室、兼、仕事場にしている。敷きっぱなしの布団の脇にある座卓の上で仕事中のパソコンが青白い光りを放っていた。  座椅子にどかりと座って画面をぼんやり見た。スクリーンセーバーが波打っている。田口の脳裏にはエレベーターでの彼のとろんとした目が浮かんでいた。横目で挨拶をしてくれたように思えた。  彼とは喫煙所で言葉を交わす程度の顔見知りだ。  先ほどの田口を警戒するような態度は後輩女性への気遣いなのだろう。それを詫びるかのように目だけ動かして挨拶してくれた。  しかし、そう思うのは妄想だ。都合よく解釈したいだけだ。  田口は週末を気兼ねなくだらけるために、月曜に提出する仕事を金曜の夜(往々にして土曜の未明)に片付けてしまうのが決め事で、そのお陰で彼と出会えたと言える。  最初は喫煙所に降りて行くエレベーターで一緒になった。  言葉も交わさず、正面からしか見なかったので、スポーツ刈りみたいに短く刈り込んだ頭だったが、お隣さんの同僚の女性だろうと思った。  先に降りるよう促され、微笑まれた時、美しさにドキッとした。恋をしたと思った。  次に会ったのは喫煙所。  タバコをくわえてボンヤリしていたら入ってきて、こんばんはと低い声で挨拶をされた。早い失恋だった。疑いようもない男らしい声と、喉ぼとけに内心苦笑した。最初に会った時に気付いてもおかしくなかった。顔ばかり見ていて気付かなかったのだ。  それでも、会えば挨拶程度にすぎない会話が楽しみになった。男だと知りながら、その美しい顔を堪能していた。  モデルみたいな容姿だから、芸能人に憧れるようなモノなんだ、と言い聞かせていた。  十年連れ添った妻と離婚前提に別居するようになった一番の理由は、性交渉がもう五年以上なかったからで、性的興奮はもう何年も感じていない。  彼を女性だと思い、恋をしたと思った時も、感じなかった。  男とわかってはなおさらで、下半身が疼くことは全くないのだが、彼の美しさに心がときめくのだけは間違いない。  本当は週に一度言葉を交わすだけでなく、一緒に食事などしてみたい。  彼のいろんな表情を見てみたい。喜ばせてみたい。  先ほどの表情を変えなかった横顔。ちらりとこちらを見た目がゆっくりと上下したのをもう一度思い出した。あの口元が微かにでも、一瞬でもほころんでいてくれていたら、どんなに嬉しかったことだろう。  それが得られなかった現実に、胸がちりちりと痛む。  考え出したら結局仕事が進まない。  諦めてパソコンをシャットダウンすると、水でも飲もうと台所に行きかけて物音に気づいた。  女の怒鳴り声となだめるような低い声。
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