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【水曜ノー残業デー/帰路~/有馬】
「すみません」
会社を出たところで見知らぬ青年に声をかけられた。
小顔でかなりの長身、マンガから出て来たみたいな八頭身のイケメンだ。
有馬は青年を見上げて、モデルみたいだとぼんやり思った。
「有馬さんですか?」
「え? は、はい…」
突然名前を言われて戸惑ったが、悪意は見えなかったのでつい返答してしまった。
有馬が頷くなり、青年は深く頭を下げて叫ぶように言った。
「お願いです! 金田さんとの関係、ヤメにしてください!」
「えっ、ちょっ、こんなところで勘弁っ」
有馬は慌てて辺りを見回した。幸い会社の人間の姿は見えない。
「どういうことかわかんないんだけど、もし嫌じゃなければこれから僕のうちに来ない?」
金田の話なら人に聞かれたくない。
ゲイの集まるクラブまで足をのばすのも面倒だ。
青年は顔をあげて有馬を疑うような目でみた。
「僕、恋人とルームシェアしてるから安心して。落ち着いて話ができるとこ、この近くにはないから…」
青年はわかりましたというと名刺を出してきた。
有馬も名刺を出して交換する。
アンコウ食品 開発部 安原康貴(やすはら こうき)
モデルではなく食品会社に勤めていることに小さな驚きを感じた。
田口に電話をして『恋愛相談のために若い男の子を連れて行く』と伝えると、仕事に集中させてくれれば構わないとの返事だった。
翻訳の〆切りが差し迫っていて、ヤキモチを焼く余裕もないらしい。
自宅マンションに向かう道すがら、安原をあらためて観察する。
金田が一目惚れしたのもわかる。
超がつくイケメンだ。
電車に乗れば、周囲の視線が痛い。きっと皆、モデルか俳優だと思っているに違いない。
「有馬さんって美人だから、超見られてますね」
安原がコソッと言った。彼も有馬を観察していたらしい。
有馬は自分が見られるほどの美人とは思っていなかったが、車窓のガラスに映った並んで立つ小顔の二人の姿を見て、人目を引く組み合わせであると認めないわけにはいかなかった。
「金田さんって…女顔が好きなんですね」
「違うよ。彼が好きなのは…」
僕のデカマラ…と続けそうになって黙った。
失言をおそれてそのままマンションまで黙った。
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