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このページから漢方薬について書いていきますが、現在の漢方薬を推奨しているわけではありません。
根といえば、漢方薬だ。古代エジプトで漢方薬。
ここで、漢方薬という言葉が出てくる理由は、エジプト南部で、【薬研車のようなもの】が発掘されたからだ。
【薬研】とは、漢方薬を砕く道具だ。現代の【薬研】は、【薬研車】と【薬研舟】で構成される。
現代の薬研車は、金属製の円盤の真ん中に丸い穴が空いていて、そこに軸を通し、
軸の長さを左右対称にして両手で円盤を間にして軸を握り、体重をかけて、漢方薬を砕くというものだ。
漢方薬の多くは、乾燥させた植物の根っこで固いので、薬研車のようなものを使う必要があるのだろう。
現代の薬研車は金属製の円盤だが、エジプト南部で発掘されたものは、真ん中に丸い穴が空いている石の円盤だ。
現代の薬研舟は、薬研車より、ちょっとだけ幅の広い金属製の器だ。長さは、薬研車の直径の1.5倍から2倍くらいで、
体重をかけながら円盤を回して漢方薬を砕くようになっている。
日本の江戸時代には、金属製の薬研舟があるようだが、昔は薬研舟はなかったようだ。
( 江戸の町には、薬研堀という場所があり、これは、薬研車ではなく、薬研舟のような形に地面を掘ったので、薬研堀というらしい。)
薬研舟がない頃は、堅い木や石の上に漢方薬を置いて、薬研車で砕いていたらしい。この頃の薬研車は、たぶん、それほど縁が尖っていない円盤だと思う。
エジプト南部で発掘された石の円盤は、それほど薄くない。縁が尖ってもいない。そして、薬研舟のようなものは、発掘されていない。
薬研車は、一輪の車だ。だが、軸の両端に円盤を通したら、バーベルやダンベルのような形になる。
だから、エジプト南部で発掘されたものは、ダンベルやバーベルの類いという可能性もある。
だが、ここは、薬研車のようなものとして話を進めると、
古代エジプトの南部で、真ん中に丸い穴の空いた石の円盤で、何を砕いていたのだろうか。
いろいろ考えられるが、まず、絵の具だ。
エジプト南部からは、化粧用パレットが発掘されている。だが、パレットといえば、絵の具だ。
まず、絵の具用のパレットが作られた。その後、人間の顔専用のパレットが作られたのだと思う。
普通の絵の具と人間の顔専用の絵の具と、さして変わらない。人間に害のない普通の絵の具が、化粧用絵の具だ。
その絵の具は、石を砕いて作っていた。薬研車のようなものは、絵の具を砕く道具かもしれない。
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