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会計を済ませ、店を出る大槻を見ながら思う。
これが最後なら、あの時のようにもう一度彼の姿を脳裏に焼き付けようとした。
店の前で蝶子ママ含め、接客したメンバーで大槻達を見送る中、心底安堵する。
正直。来店当初は、どうなる事かと思ったが自分はホステス「ユウナ」を演じ切った。今日ほど精神力を使った日はなかったかもしれないが……。
「ほんまに今日はありがとうございました。また出張中に機会がありましたら是非御贔屓にして下さいねぇ」
蝶子ママが優雅に深々と一礼すると共に見送りメンバー一同、頭を下げた。
「いやぁ、ママ! いい夜を過ごせたよ。ありがとう!」
立川本部長と谷尾さんが一足先にタクシーに乗り込む。大槻もそのまま乗り込むのだろうと思ったが、突然パッとこちらを振り返り戻ってきたのだ。
「――?」
忘れ物だろうかと大槻を見上げると、彼は徐に名刺入れから名刺を出し、裏面に素早くペンで何かを書き込むと、それを俺に差し出してきたのだ。
「……え?」
突然の事で戸惑い恐る恐る名刺を受取る。裏面を確認すると電話番号が書かれていた。
「表面は仕事の携帯だから、裏面がプライベートだ……」
「え!? あの……」
意味を探っていると、大槻は微笑み言った
「じゃあ、また来る……」
大槻は踵を返しタクシーに乗り込むと、そのまま車輛は街の灯りの中へと消えていった。
(――どうして、こんなもの)
大槻に渡された名刺を手にしながら、タクシーが走り去った方を茫然と見つめる。
夜風に靡くウィッグの髪が、酷く鬱陶しかった――。
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