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そういうと彼は買い物袋とカスミソウの花束に目を向けた。
「これ夫の好きな花」
「すてきですね」
「すてき?」
だが夫が倒れたかもしれないのに、見逃したのだ。生涯で最低最悪な毒をはいてしまった。自分のしでかしたことは立派な罪だ。霞んで消えたりはしない。
「介護に疲れたら、また毒を吐きにきてください。そして一秒でも早く、旦那様のもとに戻ってあげてください」
「……そうね」
私は本屋をでた。
もし夫が言っていた言葉が単なる寝ごとならば、私は殺人鬼にはならない。
殺人鬼と人間鬼。そんなの紙一重だ。
ほんの少し急ぎ足で、ツタの茂る我が家をめざす。
家に着いたら先ほど買ったカスミソウを、花瓶に挿してやる。彼の好きな花。小さくて虫みたいな花。
仏壇に供え、ゆっくりと写真の中の夫に手を合わせる。
そして静かに口をひらいた。
「生命保険が支払われました、ありがとう」
私は夫が死んではじめて、涙をこぼした。それはいつまでも続いて、とめどない焦燥感が私を支配する。
私はつらつらと玄関まで歩き、げた箱にしまった白いスニーカーを取り出した。
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