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殺人鬼と人間鬼
蝶々結びのうまくできない男が好きだ。
トビウオみたいにまっすぐ結んだそれを、ピンピン跳ねさせ歩く姿。
シャブリつきたくなる。
だから本屋で見かけた、本をまっすぐ整える男に興味を抱くなんて、きっと満月のせいだとしか思えない。
どうしました、と声をかけてきたのは、彼のほうだった。
「死後の世界とか遺言とか、そんな本ばかり見ていたので」
と彼は付け加えた。
「夫がね、なかなか死んでくれなくて、夢を見にきたの」
近くにあった『夫の死後、妻がするべきこと』と書かれた本をみせた。彼は「それは切実ですね」と、にこりと笑う。
「夫はね、病気で倒れる前までは、私がすべてだった。結婚当時私は売れっ子の漫画家だったし、浮かれた女だったから、彼には迷惑ばかりかけてた。だから靴下すら自分で履けなくなった彼の面倒をみることで、トントンになったの。今の彼の趣味は愚痴と競馬。競馬も実際にお金はかけないの。ただ見てるだけ」
また彼は小さくわらった。なぜかその青白い顔をみていると、身体の奥の焦げつきがせり上がってくる。蓋をしないといけないのに、見ず知らずの笑顔が蓋をこじ開けてくるのだ。
きっと彼が若い頃の夫に似ているせいだ。
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