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ブーツの音を響かせて、春風漂う町を颯爽と駆ける。後ろで結んだ朱色のリボンが肩より長い黒髪とともになびく。
山吹色の生地に桜花模様があしらわれた小振袖、そして紺色の袴という装いで、軽やかに過ぎ去っていく女学生の姿に、すれ違う人々が自然とこちらに目を向ける。
日向千春(ひゅうがちはる)は息をはずませながら、煉瓦造りの洋館の前で立ち止まった。二階の正面にはテラスが見え、いくつも並んだ白い窓枠にはレースのカーテンがかかる。邸の門から玄関にかけて洋裁が植えられ、景観は美しかった。
日向家の邸宅だった。大正に入ってから建築された洋館は、帝都番町では特に珍しいものではなかった。華族や財閥といった上流階級の邸宅が多く並ぶ場所でもあったからだ。
日向家は江戸時代から続く名家である。呉服業から始まり、明治に入ってからは紡績業に進出し工場を抱え、現在では貿易業にも手を伸ばしている。いわゆる財閥であった。
「お帰りなさいませお嬢様」
玄関先で草木の手入れをしていた少年が花鋏を手に、薄く微笑みながら一礼する。
白いブラウスに薄青色の着物、灰色の袴。書生のようないでたちである。彼の名は相沢圭(あいさわけい)。使用人である。
幼い頃から顔を合わせているため、千春にとっては幼馴染のようなものだった。
千春とは同い年だ。
「ただいま。あー今日も退屈な一日だった!」
千春は大きく伸びをする。袖がめくれ、白くて細い腕があらわになるが、千春は気にしない。母親が見たらさぞ嘆くことだろうなと頭の片隅で思った。
「お嬢様。またそのようなことを。そういえば先ほど迎えの車が向かったようですが、お一人で帰ってこられたのですか?」
「うん。だって車で帰ったら素敵な出会いなんて起こらないでしょう?」
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