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湯が沸くまでの間、睦生は周りをめずらしそうに見回していた。「アトリエを見てもいいか?」と聞いてきたので、隣接している出入り口から案内した。少しして、お茶の用意ができたのでアトリエにいる睦生に声をかける。
「すみません。今お茶請けとか何もないんですけど」
「気にしないでくれ。俺が無理を言っただけだから。あっ……うまいな」
お茶を飲んだ睦生はわかりやすく顔を輝かせた。思いのほか子どものような反応をする睦生を少し意外に思う。
「陶芸家のアトリエってのは初めて見たが、案外すっきりしてるもんなんだな。もっとたくさん陶器で埋まっているのかと思ってた」
アトリエから戻ってきた睦生はそんな感想を述べた。睦生が違和感を抱くのは当然だ。
「もともとは先生のいう通り、いろんな工程ごとの陶器で埋まっていましたよ。それこそ足の踏み場もないくらい。でも昨日、天陽さんの長女の方があらかた引き上げていきましたので」
そう告げると、睦生は目を見開いた。
「勝手に持っていかれたのか?」
「業者のトラックが一緒に来て……あっという間でしたね」
「……ひどいな」
「まあ、別に俺の物ではないですから」
天陽の仕事には、ほとんどかかわってこなかった。だから今でもほとんど陶芸の知識はないし、彼の作品についても、好きだとか好みじゃないとか、きれいだとか、そういった評価しかできない。
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