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でも天陽の周囲には逆にそういうド素人がいないので、お前はそのままでいいよと言って、柊の子どもじみた感想を、天陽はいつも面白そうに聞いてくれていた。
「……俺が大好きな器たちは無事なので」
「えっ?」
「毎日の食事で使っていた器はこちらにあったので、手をつけられていません。それで十分です」
なぜだか睦生は、ムッとしているようだ。
「桂木さんのお世話をしていたのは、あんただけだったろう?」
「え?」
「それなのに……あんまりじゃないか」
「家族の方は、天陽さんが亡くなるまで何も知らされてなかったので仕方ないんです。それに天陽さんから、奥さんは家を出た自分のことも理解してくれて感謝していると聞いたことがあります」
柊は両手で包んだ湯呑に視線を落とした。この、吸い付くような手触りが愛しくて、いつも指先で撫でてしまう。
「それで師匠がいなくなったあんたは、これからどうするんだ?」
湯呑の感触に気を取られていると、睦生が唐突にそんなことを言うので、思わず目を瞬かせた。頭を巡らせると、やっと睦生の考えていることがわかった。この人は勘違いをしているのだと合点がいく。
「俺は、天陽さんの弟子ではないです。もちろん陶芸家でもないですよ。普通のサラリーマンでした……今は無職ですが。ところであんたってやめてもらえますか」
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