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 作務衣を手に取り、そっと抱きしめると天陽の匂いがした。家の中のどこにも天陽の匂いを見つけられなかったのに、天陽が入らなくなって久しい場所、それも荷物を引き上げられたのにもかかわらず残っていたそれを見つけて、そこから動けなくなってしまった。  こんなにも悲しくなるなら、天陽なんか好きになるんじゃなかった。  あのとき、これほど苦しいことがその先に待っているとわかっていたら、このアトリエに来るのではなかった。大学生だった頃に戻って、天陽と出会わないように人生をやり直したい。  ――あの人がいないなら、人生なんていらない。  死んでしまいたい。死んでしまいたい。  それなのになぜ、俺は生きてるんだろう。この心はなぜ、壊れないのだろう。
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